2010年4月12日月曜日

理解と協力を得るとはどういう事か

アクテムラ点滴・プレドニンの減量を開始して今日でまる3週間。
プレドニンの減量による影響はなさそうだ。先週に感じたアクテムラ切れはここ数日特に感じない。状態は良い。

状態は良いのだが、関節リウマチが治ったワケではない。

周囲の人の理解と協力があって僕の状態はここまで改善した。これはまぎれもない事実だ。
病院に通うのは月に一回だし、治療と言えばアクテムラの点滴とプレドニン、リウマトレックスの投薬・服用だからなにも代わり映えがない。そして、この治療は安くない。

そういうことが根底にあるせいか女房やおふくろは札幌の有名な某リウマチ専門医に診てもらうことを勧める。いわゆるセカンドオピニオンってやつなんだろう。
女房やおふくろは僕のことを心配し、関節リウマチから治って欲しいから言ってくれているのだと思う。

女房等にすればドクターが変われば治療(投薬)も変わりもっと回復(治るの)が早いのではないか。そこまでいかなくてもそういう展望が今よりもひらけるのではないかという今の治療(投薬)に対するちょっとした疑問があるんだろうと思う。

なるほど、確かに投薬は代わり映えしない。でも、僕は今の治療体制にあまり不満を感じていない。むしろ、安心すらしている。
関節リウマチの早い決断で、効き目のある薬を早めに投与してもらい症状は劇的に改善した。そのおかげで今は仕事もほぼ以前のようにできるまでになった。
でも、治療の過程では突然の発熱や激しい痛みに襲われた時など予定日外の通院をしたし、夜間の救急外来にも行った。こうしたことは今後もあるかもしれない。特に関節リウマチの患者の多くは感染症に罹患するリスクを背負っている。間質性肺炎などは命に関わる問題でもあるのだ。すぐに飛び込める事情のわかっている体制が整っている病院があるというのはとても重要なことなんだと思う。

たぶん今、症状が押さえられた状態の良い状態なので代わり映えがなく高額な治療が「お気楽」に見えているのではないだろうか。
きっとそれは僕が家族に対する説明不足なのかもしれない。

でも、僕は思うんだ。病状で出来なくなったことをカバーしてくれることだけが家族の理解や協力のあり方じゃないんじゃないかって。
  • 今行っている治療は関節リウマチの治療としては生物学的製剤や免疫抑制剤を積極的に使うなど、どちらかと言えば早期に先進的な治療が行われている。
  • 現在、その治療が上手くいっているようで僕の体調は非常に良い。
  • 関節リウマチの治療は感染症のリスクを背負っている。
  • 急な症状変化(痛みが増すなど)の可能性があるが、それに対応できる体制がある。
分かってくれているだろう。分かってくれよ。そのくらい気がつけよ。ではなく、こういう事をもっと家族に話し理解をしてもらわなければ、僕も家族も心穏やかに治療が継続できないのではないかと感じる。そうしなければ、家族も気持ちの良い協力ができないよね。

一見、セカンドオピニオンで今の治療にお墨付きをもらうという手もあるにはあるが、それとてこうしたことの理解がなければいずれまた疑問が湧き第二第三のセカンドオピニオンを求めることになるだろう。
やはり今の状況と状態を逐一話し、根気強く家族の理解を得て行く必要があるんだろう。

ついついあの忌まわしい痛みをこらえていた時を思うとなにもしたくないと思うのだけれど、それは甘えだったと気付かされた。
出来ないことは出来ないと正直に言い、できる範囲のことならば積極的にやってみせるということがなければ家族も協力のしがいってものがなくなるような気がする。

うまく言えないのなら時々家族を伴って通院するのも良いかもしれない。いや、時々じゃなく毎回の方が同伴者も理解しやすいのではないだろうか。

さて、これらを実践するとなるとそれなりにシンドイのだが、今までの協力に報いる為にはどうしてもしなければならないことだな。

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