2009年12月30日水曜日

疲れなのか、悪化なのか...それが問題だ

昨日、一昨日と累計40cm程度の積雪の除雪作業をした。
自宅はもちろんであるが、すでに正月休みになっている会社の駐車場もやってしまった。
ちょっと体調が良いので調子に乗りすぎたかもしれない。

今朝は関節という関節が「動かすと痛い」という状況になり、全身なんとも言えない疲れのようなものを感じる。
除雪作業にともなう単なる疲れや筋肉痛の影響ならば良いのだが、アクテムラが切れて来ている時期でもあり少々心配だったりする。

ということで、今日は朝からベッドにクッションを持ち込み、上半身を起こしてノートPCでネット三昧だったりする。大掃除はすでに終わらせているのだが、どこか自分が粗大ごみっぽくてこういう生活は嫌だな。

そうだ。今日はリウマトレックスを服用する日。朝はうっかり忘れそうになり09:00の服用だったが、夜は忘れに服用しなければ。

2009年12月25日金曜日

米粒を踏んだような

今月に入って薄々気がついていたのだが右足親指の裏がちょっと痛い。

歩いている(親指に荷重がかかる)と裸足で米粒つを踏んだ時のようなチクチク(チリチリ)する痛みがある。
骨に異常が出ているのかな。

2009年12月24日木曜日

床に座る

できないことのひとつだった、「床に」
  • 座る(正座は無理)、立ち上がる
  • 横になる、立ち上がる
  • うつぶせになる
がなんとかできるようになった。しかし、座ってもあぐらをかくことができない。内転筋?が強く緊張していて十分に股が広がらないないのだ。なんとなく、あぐらと体育座りを足して2で割ったような不思議なスタイルで座れるのだが、とてもバランスが悪く疲れる(笑)。

実は、今、息子のベッドを借りて寝起きしていた。
これでやっと床に布団を敷き、寝起きできるようになる日が近いかもしれない。いや、ベッドの方が便利なのでやめられないかもしれない(笑)。

できることが増えて来ているのは嬉しいことだ。
とりあえず、自覚できる今の心配は足の指の問題だな。

2009年12月22日火曜日

目指すは、ノンドラッグ&ノンバイオな寛解

目指しているものは、生物学的製剤や薬のない寛解であることは間違いなのだが、いつもダイソーで買った入れ物に痛み止めやらステロイド剤を入れて持ち歩いているという現実。

薬にばかり頼っているワケではない。
食生活で免疫力がアップするようにヨーグルトも食べるようになったし、いわゆる免疫ミルクも飲んでいる。
そればかりか生活習慣を改め、タバコや酒はやめている。

しかし、それでも薬は手放せない。とにかく一旦リウマチを抑えないとな。

すっかり良くなっちゃったね

今日は、退院後初の通院日。ま、経過観察なんだろう。

診察の前に採血とX線を撮り、待合室で待つ。待つ。待つ。(「待つ」一個、一時間)

採血結果はざっくりと言えば「胸膜炎の前の状態」に戻っており、X線の診断もすっかり綺麗になっているとのことで、主治医の「すっかり良くなっちゃいましたね」という言葉に素直に喜んでおく。

胸水も問題なく、明日から「リウマトレックス」を服用するように処方される。
なんせ6月の処方では肝機能に副作用が出たのではないか?と疑われた張本人(リウマトレックス)なので、今回の処方は慎重だ。
1週間に4mg(水曜日の朝2mg、夕2mg)からスタートすることになった。
これがそれなりに効果がでないとプレドニンが減量できないので、今後の治療にも影響する。こればっかりは「努力と根性」でなんとなるものではないので、効果がでるように神頼みしかない。

あと、最近はあまりボルタレン(痛み止め)を服用しておらず、だいたい二日に一回のペース。今日は薬全般に処方の日だったのだが、ボルタレンは30錠余っていて、服用ペースは二日に1錠と告げ、今回の処方からは除いてもらった。

なんとなくなんだけど、やっと本格的なリウマチ治療が始まったような気がする。


そうだ。昨日、こわばりのことを書いたけど、今日主治医に「アクテムラが効いていると”こわばり”は感じないのか」ときいてみた。ずばり、こわばりはないハズというお答え。
ああ、それで入院中(アクテムラギレの期間)にこわばりを感じたのか...

で、今日のDAS28-CRPは2.61、数字上は寛解基準をマーク。
でも、アクテムラでCRPがマクスされて(0.02mg/dl)いるので、実態を反映していないと思う。

2009年12月21日月曜日

こわばり

寛解基準にも「こわばり」ってのがあるんだが、今の自分の関節に「こわばり」があるのかないのか良く分からない。

そういえば、春先は朝の1時間はこわばりを強く感じていたが、いつのまにやら自分の手指の関節は「こわばり」というよりは四六時中「渋い」印象しかない。

まずはこわばりを感じる状態にならないと話にならんのだな(苦笑)。

2009年12月20日日曜日

寛解基準

関節リウマチの状態は、体感的には非常に良い。

状態が良いので「寛解基準」なるものを調べてみた。
ググるといろいろと見つかるのだが、
というのがわかりやすかった。

DAS28評価法?というのが一般的に用いられているようだが計算が面倒っぽい。もう少し、探してみると「DAS-score.nl」というサイトからエクセルのシートがダウンロードできるので、ちょっと計算してみた。
  • CRPは、退院直前に医師から聞いた「4.71」
  • 圧痛関節数 7
  • 腫脹関節数 3
  • 患者による全般的健康状態 30
で計算。結果は「3.83」だった。RA Cityに掲載の内容に照らし合わせれば、僕の現状はリウマチの活動性は高くはないが、低いわけでもない。また、数字的な寛解基準は「2.6未満」らしいので、数字的にはまだまだ寛解の領域までは行っていない。

もっとも、後者のACRの基準は全然満たしていないので、計算結果は妥当なところだろうなと思う。

アクテムラを使っていると採血データがマスクされるので、CRPやその他の数値があまり有意とは思えず、どんな評価法が有効なのかは素人ながらに疑問に思う。
ま、採血データを考慮外にしてACR基準がわかりやすいかもしれない。

ところで、寛解は定義上「薬を使っていて良い」ことになっている。つまり僕の場合、アクテムラやプレドニンを処方されたままであっても先の基準に合致していれば「寛解」と診断される。
また、薬なしで寛解基準をキープできれば「ドラッグフリー寛解」、生物学的製剤なしで寛解基準をキープできれば「バイオフリー寛解」というらしい。

2009年12月15日火曜日

開け!

体調は良い。
ただ、胸の状態は良い状態なのかどうか良く分からない。なんとなく違和感はある。意識的にゆっくりと腹式呼吸で大きく息を吸うとシッカリと胸や腹にたくさんの空気が入って来るのだが、自然な呼吸の中ですぅーっとお腹の方まで空気が入ってこないような感じがする。痛みがあるワケではない。なんとなく上手に使える部分が使えていない感じがする。

アクテムラを点滴後、今日で丁度1週間。点滴直後から少し関節に渋さは増したが、それも落ち着いて痛みもほぼ気にならないレベル。
今朝からリウマチ体操に加えて、洗面台を使って腕立てやら腿上げをしてみた。あまり頑張らないで継続してみようと思っている。

目下の懸案事項は左足の指の開きが悪い事。

赤丸の人差し指と中指が接触しているのが分かると思う。ちょっと前までは中指が人差し指の上に乗り上げるようになっていたのだが、足ジャンケン(足の指で、グー、チョキ、パーをつくる)の練習や、手で足の指を一本一本広げる運動などをしてここまで回復した。実は、右足の指も同じような状態だったのだが、右足の方は比較的早期に回復している。

ついでに書いておくと、青丸の指はちょっと変形が進んでいるように見える。ちょっとズングリしている。


足の疲労回復を目的にした?写真のような健康器具があるのだが、手で足の指を広げる運動をするのが面倒な時は、写真のようにこの器具を使っている。
これならTV観ながら、本を読みながら、仕事しながら指の間を広げていられるので便利だ(笑)。


リウマチの診断を受けてほぼ丸半年経過した。痛みや腫れで、これからどうなるんだろうと不安にもなった。
幸いにもアクテムラが僕には良く効いてくれて、今では日常生活上大きな支障がないところまで回復した。
下記の左写真は今年の7月12日に撮影の写真、右は今日(12月15日)撮影した写真だ。写真を観ると、本当に色々な人の助けがあってここまで回復させてもらったなとただただ感謝の気持ちで一杯になる。

2009年12月13日日曜日

退屈しているとロクな事を考えない

微妙に大人げない遊びにうつつを抜かしていたことを反省。

昼飯を食った後はベッドに横になりながらTVを観ていた。
どうにも納得のいかないCMが流れている。
ウイルスバスター2010のCMがそれだ。タレントは「仲間リサ」というらしい。
  • 微妙にエロさを感じるのだが、ウイルスバスターとの因果関係が良くわからない。
  • 仲間リサが口パクで踊るのだが、ウイルスバスターという商品と微妙なミスマッチを感じる。
  • 最後の「♪選んだあなたは大正解」という歌詞に合わせて両腕を使って○を作るのだが...
  • しかも、キャンペーン中らしく「温泉旅行が当たる」というとどめのミスマッチっぷりを発揮してくれる。
ではあるのだが、喜んで観ている僕もかなり微妙ってことだな(大笑)。
と、またも大人げないことにうつつを抜かす50おやじだったりする。

おとなしく徳川家康を読み始める。

退屈しているとロクな事をしない-マスク装着でアタック-

今後の治療方針も決めたというのにプログラフに後ろ髪を引かれている。

考えても結論が変わらないモノにあれこれと逡巡するのはやめにして、飽きの来ない入院生活をどうするべきかを考える。
というか、退院はいつになるのだろうか?

三大棟の完全制覇は書いたが、新たな挑戦を思いつく。マスク(もちろん風邪予防のやつ)を装着してのチャレンジだ。
これはおそらく心肺機能強化のトレーニングには良いぞ(本当か)。
計画にあたり重要なのは入院患者のその日のスケジュールがどうなっているかを早期にしかも確実に聴取、予測することから始まる。
一日のスケジュールについては前に書いた。重要なのことは
  • ナースが朝一番で今日の予定を教えてくれること。X線やCT、採血などの予定が分かる。
  • 主治医の回診の時間帯を把握すること。この時間帯の予測が最も難しい。
だ。

検査の予定がなく、主治医が外来で忙しそうな時間帯の某日、某時(AM)西棟にアタック。
入院している階から1Fまでマスクを使って階段で降下し、状態を確認する(なんとかいけそうな気がするぅ~)。

2Fから踊り場、3Fに到達。やはりノーマスクよりはちょっと苦しい。ペースが速すぎたかもしれない。加えてスリッパ履きではちょっと足元が心許ない。それでもペースを落とし慎重に歩を進める。
4Fから腿がキツクなる。先日のノーマスクでのアタックではあまり気にならなかったのだが、あのアタックで軽い筋肉痛を誘発していた。
5Fに到達。足首に少し痛みがでてきた。しまったどうでも良いことばかり考えていてボルタレンの服用を忘れていた。呼吸が少々ツライこと以外は順調だ。
ところが6Fを過ぎ踊り場にかかったところで呼吸がかなりつらくなった。軽く汗ばんだほほにマスクが密着してちょっと苦しくなったみたい。

病み上がりだ。無理はできないアタックを断念し、マスクを外し呼吸を楽にする。
3分ほど踊り場で呼吸を整えながら一人反省会。
  • ペースが速すぎた。
  • 計画的に1分ほどの休憩時間をとっても良いかもしれない。
それにしても微妙に悔しい。

昼飯を食ってから再度チャレンジしようかと考えながらエレベータを使って入院している階層へ戻る。
昼食までにはまだ少々時間がある。激闘の汗を流すべくシャワー室に行く。

シャワーに打たれながら考える
「俺はここでいったいなにをしているのだろうか」
と(大笑)。

悩ましい今後の治療

今後の治療については、かなり悩ましい決断を迫られる。

最後のアクテムラの点滴(10/23)以降しばらく経つが、アクテムラを継続するかどうかを決めねばならない。アクテムラを使う、使わないに関わらずなんらかの免疫抑制剤を使用しなければならない。主治医的には「プログラフ」を使いたいようだ。
最終的には主治医の判断というより、僕の希望を重視してくれるらしい。実は、これが大問題なのだ。治療の有効性、経済性などを加味して総合的に患者が判断できるものなのだろうか。

確かに最後のアクテムラ以降相当期間経過していて、現在の状況としてはアクテムラが切れていながら痛みについては日に2度のボルタレン+プレドニンでコントロールできている。今のまま(アクテムラなし)でも、痛みのコントロールは可能じゃないかと思える。
今のうちに免疫抑制剤を試し、プレドニンの減量を試すにはアクテムラが無い方が採血結果を判定しやすいという利点があり、良いタイミングであることは僕にも分かっている。
しかし、あのつらい関節痛がまた再発するのでは?という恐怖があるのは事実だし、そして、関節痛にアクテムラが良く効いているというのも事実で、これを止めるという決断が患者にできるだろうか。加えて、なんとなく各関節に渋さがあり、いつ痛くなっても不思議じゃないと思うほど一種の恐怖があるのだ。
それとプログラフも問題だ。確か以前誰かのブログでプログラフなる薬を知って調べたことがあるが薬価が高く(アクテムラと同じくらい)自分の場合、これをつかった治療が続けられないのではないかと思ったことがあったが良く分からない。

プログラフについて情報が欲しいのだが、入院中にネットへの接続手段としてイーモバイルのデータ通信カードをレンタルしたのにドライバーのインストールに失敗するので、未だに使える環境にない。
こういうことはプロに聞くのが一番と携帯メールで吉田さんにプログラフについて教えてもらう。
効果というか、効能については試したい薬であり、この薬ならアクテムラからの離脱も可能なように思えた。しかし、やはり薬価が高い。

さて、どうしようか。
アクテムラが関節に効いたという実績(顕著な副作用もなく)は捨てがたい。プレドニンを減量する為には免疫抑制剤の使用が必須のようで、プログラフにはその効果はもちろん、将来アクテムラからの離脱の期待が持てる。少々高くでも試す価値はあると思う。
しかし、やはり薬価が経済的な問題となる。

高額医療費にからくりについてお詳しい人は多いと思うが、ザックリ言えば自己負担分を超える治療が3回あった場合、4回目からはある一定額の医療費負担で済むというものがある。つまり、最初の三ヶ月は経済的に辛いが、それ以降は比較的安価に治療が受けられるというシステムだ。
僕の場合、治療費の自己負担限度額が80,100円なのだが、アクテムラはおよそ5万5千円くらい。プログラフはざっと2万円程度加算になり、合計約7万5千円くらいになり限度額に微妙に届かない。つまり、中途半端に高いだけの治療になるのだ。もう少し高ければ...
続けられない治療は治療の意味がない。

今でも、自分の選択が良かったのか...と悩むくらい悩んだのだが、最終的に
アクテムラを続行し、免疫抑制剤にリウマトレックスを使いつつプレドニンの減量にトライする。という方法を選択した。

関節痛に効くアクテムラを継続する。というのを基本方針にして、リウマトレックスを使いプレドニンを減量していくことで主治医と意思統一ができた。もちろん、アクテムラの使用で採血結果の判定が難しくなるがX線をも利用して胸水について注意を払うことになる。

リウマトレックスの副作用は、肝機能障害や間質性肺炎などがある。いずれも、僕には無関係とは言えない副作用で心配ではあるが、主治医と二人三脚で乗り切るしかあるまい。(時には吉田さんを含めて三人四脚?、いやもっともっと多くの人の助けを頂戴しながら治療を進めることになると思う。)

どうしても、リウマトレックスが合わない場合はプログラフにすれば良い。そういう意味でも使える薬が増えたことは僕にとっても良かったのだろうと思うことにした。

胸膜炎に至った経緯

検査の結果、結核および癌による胸膜炎であることが否定された。これらが原因だとすると入院期間はかなり長くなるし、リウマチの治療に取りかかる期間も先延びになるので、かえって良かったと思うことにした。

胸膜炎を引き起こした経緯について主治医から説明を受けたが、現在に至る投薬、採血の結果などを時系列的にメモすると
  • 10/23 プレドニン(実際にはプレドニゾロン)を10mg/日から8mg/日に減量開始。
  • 11/8 原因不明の腹痛(胸膜炎は痛みが伴う)
  • 11/12 脇腹痛につき、外来で診察。胸膜炎と診断。ジスロマック処方。
  • 11/13 予定されていたアクテムラ中止。
  • 11/16 胸のかげは減少しているが、胸水が増加している。ジスロマックを処方。
  • 11/24 胸のかげは減少しているが、胸水が増加している。プレドニン(実際にはプレドニゾロン)を8mg/日から10mg/日に増量開始。
  • 12/2 胸水減少。入院。
12日時点の採血結果はまだアクテムラが効いている期間で、あらゆる数字がマスクされており原因究明の判定が難しいようだった。

11/24の採血では、CRPは22.32と急上昇し、アクテムラ切れが裏付けられた。そのせいもあってか採血結果が判定しやすいようだ。また、肝機能が悪化しているのだが、当初リウマトレックスの副作用と思われた肝機能への悪い景況だが、僕のリウマチの症状は内臓にも影響し易いタイプのようで、どうやらリウマトレックスの副作用ではなさそうとの見立てだ。

上記からプレドニン減量後約2週間程度で僕の身体(胸膜炎や肝機能への影響)が悲鳴を上げたことになる。この反応が早いのか遅いのかは分からないけど、僕の人柄同様素直な肉体だと思う(笑)。

それはともかく、胸膜炎に至った経緯としては、端的に言えば「ステロイド(プレドニン)の減量(8mg/日)」がトリッガーとなり、従前量(10mg/日)で抑えられていたものが発現したのだろうとのことだった(11/24のプレドニン増量後に胸水が減少している)。
また、アクテムラの副作用という面も完全には否定できないとの説明を受けたが、アクテムラ開始後4ヶ月経過しているのに副作用の発現にしては遅くないですか?と主治医に尋ねると「新薬ですから、まだ良く分かっていない点があることも否定できない」との説明であった。

プレドニン10mg/日+アクテムラでリウマチの状態は安定するだろうとの見立てであったが、ステロイド(プレドニン)は減量しなければならず、今のままでは治療に進展がみられないとも言われる。

免疫抑制剤を導入しつつプレドニンの減量を試みる必要がある。

三大棟完全制覇!

退屈だ。まぢ退屈だ。

ドクターに外泊したいのなら許可するよと言われる。しかし、土日は女房が実家に帰っていて自宅に戻ったところで僕の負担は増すだけなので病院に置いてもらうことにする。

暇だ。退屈だ。
徳川家康をひたすら読む。
暇だ。退屈だ。

病棟内を歩いてウロウロする。エレベータを使ったり、階段を使ったり...
そこに階段があるなら階段を使って上り降りしてみようかと思うの自然のなりゆき。まず手始めに自分の病室がある「西棟制覇」。
翌日には、「東棟制覇」。さらにその翌日は「北棟制覇」と三大棟を三日で制覇しておく(勝毎記事にはなっていない:大笑)。

それにしても、リウマチの症状が非常に楽なので助かる。
ナースの皆さんにも「偽リウマチ患者」と思われるくらい院内を彷徨いていたのは秘密だ!

入院二日目

昨日は検査後極度の緊張などから解放された安堵感から疲れがどっと吹き出て寝てしまった。

入院後、最初の朝を迎える。脇腹(背中)からチューブが出ているのがうっとうしい。タンクには約350ccの胸水が溜まっている。昨日の検査中に350ccをバキュームしたので計700ccだ。身体に溜まる水としては、春先の膝の水が思い出されるがあれはせいぜい60cc程度のものだった。そういえば、膝の水も最終的にはリウマチによるものだろうということだったな。
食欲もあるし、この日の朝も飯が美味いのに自分でも軽くあきれておく。

検温は37.2℃で、昨日とほぼ変わらず。
ナースから今日の予定が伝えられる。午後からX線を撮り、その状況を確認してドレン(チューブ+タンク)が外れる可能性があるらしい。

それにしても時間がありあまるほどある。この入院期間中(ひょっとしたら2ヶ月)に山岡荘八の「徳川家康」(全26巻)を読破しよう思い図書館から1~4巻まで借りてきている。読む本には事欠かないハズだ。
ところが、病室ってところは不思議なところだと思う。身体をベッドに横たえていると眠くなるのだ。というか、知らぬ間に寝ている。
面白い本や楽しみにしているTV番組が放映中であっても眠れるのである(笑)。
そんなこんなで、眠気と戦いながら徳川家康を読んでいると15:00になってドレンが取れるとナースから聞く。

間もなくドクター登場。(ドレンタンクの胸水は350cc、増えていない。)
局部麻酔をされ、なにやらゴソゴソされる。息を吸ってぇ~、吐いてぇ~を2度ほど繰り返し、吐きのタイミングでチューブを抜かれる。なんだか良く分からないが縫合されたらしい。抜糸は1週間後という説明をナースから受ける。

ナースから「たしろさん、本当に昨夜は痛くなかったですか?」と聞かれたが痛くなかったものは痛くなかったので「ええ」と答えると「本当に、全然?」と聞かれたので「ええ、全く」と...まぁ、そもそもリウマチの方の関係でボルタレンを飲んでるしね(苦笑)。

チューブが外れるとかなり身軽になった。行動範囲が爆発的に広域化する(大笑)。

シャワーも風呂もOKだという。一応、防水のシールを貼ってくれたらしい。
せっかくなので、すぐさまシャワーを浴びに行く。やはり湯上がり後には「ビール飲みてぇ~」わけだが、当然ながら病院の売店に売っているハズもない。それでもなにか炭酸ものが飲みたくて売店に行ったり、とにかくじっとしていられない(笑)。

夕方、主治医の診察を受けるため外来に行く。
生検の結果は正式にはまだ出ていないが、典型的な結核および癌の症状?は見られなかったらしい。
生検の結果をまって(12/7月曜日)、いわゆるリウマチ肺であればステロイドを使って胸膜炎を抑えていくことになる。との見通しを聞く。

入院初日

12月2日入院。
入院の目的については、胸膜炎の原因鑑別の為の検査と、検査結果を受けてリウマチの治療方針の軌道修正およびその開始の為の入院と自分では理解している。
具体的には、入院前にも採血やX線、CTなどの検査をしたことはブログにも書いていたが、それらの検査ではどうしても「結核」を否定できなかったので、胸腔鏡を入れ胸膜生検をして病理的に判定するというのが目的らしい。
なので、検査結果によっては入院期間は長引くし、もっとも最短でも10日ほどになることは想像していた。

入院したのが10:00。
病室に案内され、病室および避難経路の説明、入院問診などをされて検温。37.4℃、ちょっと高め。看護師さんもちょっと熱がありますね。と心配顔を言われるが、リウマチの症状でアクテムラが切れてくると体温が37℃前後が平熱になる旨説明しておく。(とは言ったもののちょっと高いかな?)
早速、15:00の胸腔鏡検査の為に絶飲食を開始。昼食は「てんぷらうどん」で、病室のみなさんが美味そうにすすっている。

ところで、入院して少し驚いたことがある。それは、病棟のスタッフ(医師、ナース)の年齢が自分が思っていたよりも相当若い。少なくても外来よりも平均年齢で5歳は若いと思われ、三交代(ナース)の激務に耐えうるにはやはり若さが必要なのだろうなと思ってしまう。
あと、ドクターは気の毒なくらい激務だ。本当にいつ寝てんだ?と心配になるほど外来でも見かけるし、病棟詰め所でも同じ顔を見かける。
僕の担当医は呼吸器外来でお世話になった比較的若いエース的ドクター、担当ナースも働き盛りの中堅どころのエース的な美女である。

さて、僕はといえば、どにかく胸腔鏡が入るほどの穴を胸?脇腹?背中?に空けられるので「どんなことされるんだろう」と緊張していたし、不安も募っている。そして、この後に及んでも「本当に穴をあけないとダメなのか」と往生際の悪さを発揮している(笑)。

担当医が今日の調子(体調)を聞いてくる。体調は悪くない。むしろ外来で診てもらったときよりも状態は良く、出かけたクシャミやしゃっくりが痛みで止まっていたのが、痛みもなく普通にできるようになったことを告げる。
胸水が減っている可能性があり、速攻X線を撮りに行くように指示される。
X線を撮ってきて間もなくエコーの機械とともにドクターがやってきた。X線画像によれば胸水は以前よりも減少していて胸腔鏡を入れるギリギリのところ(胸水が多いほど胸腔鏡検査はし易いらしい)らしく、念のためエコーで確認するらしい。
僕としてはできれば穴を空けたくないという気持ちと検査をしてもらわねば先に進めない(リウマチ治療の方)という微妙の心理状態だったのだが、胸腔鏡検査は実施されることになった。

検査の始まる30分前から点滴をされ、時間になると車椅子に乗せられ内視鏡検査室へ連れて行かれる。
検査室に着くとベッドに横にされ、胸にペタペタと心電図?関係の電極、指にはサチュレーションモニター用の器具とあれこれと準備が開始される。
僕の緊張はこのころからピークに達しいて、まだまな板の鯉の心境になっていない(相変わらず往生際が悪い:苦笑)。
エコーで確認しながら穴を空ける場所を決め、局部麻酔の注射をされて開始された。どうやら穴を空ける場所は脇腹というよりは背中に近いところらしい。どうやって穴をあけるんだ?とか興味はあるものの見ることはできないし、聞く気にもなれない。とにかくなにかされているのだが痛くはない。どうにでもなれ!という心境に達するというよりも、やたらとなにかを押しつけられるのでその圧力に負けないように反射的に身体に力を入れて頑張るので微妙に疲れる。
いよいよ組織を採取するらしく「ちょっと痛いですよ」とドクターに言われる。事前に「結構痛いらしいです」とドクターに言われていた。ドクターが言うからには「相当痛い」だろうと覚悟していたのだが、なにごともなく(特に痛みも感ぜず)検査終了となった。
ああ、やっぱり僕は「痛みに鈍い」のだろうか、マラソントレーニングでM度レベルがアップされている自分に感謝(笑)。

検査中に350ccの胸水がバキューム(吸い出)されたらしいが、まだ胸水は残留している為ドレン(排出用チューブ)を脇腹(背中?)に取り付けられ、排出された胸水が溜まるタンク付で車椅子に乗せられ病室にもどる。
検査に要した時間は延べ1時間程度で、今思えばどうってことなかった(だからといって、またやりたいとは思わないけど)。

病室に戻るとチューブを付けたところを固定する為、テーピング?が担当ナースによってやりなおされ、胸水が溜まるタンクを横にしたり、逆さまにしたりしていけない。トイレや洗面時にはタンクをショルダーポーチのようなものに入れて移動せよと注意事項があった。また、麻酔が切れると痛むハズだから遠慮なくナースコールを押して痛み止めをもらってくださいと言われる。

タンクの取り扱い以外には特に移動に関する制限事項はなく、タンク付の移動がどんなものなのか早速トイレに行って試してみる。
違和感がないことはないが、別にどうってことなさそうだ。ただ、チューブがなにかに引っかかって痛い目には遭いたくないという防御的本能は全開になっているようで、結構ピリピリしていた感じがする。

そうこうしているうちに入院初日というか、入院後初の食事の時間となった。
ザックリ言えば「焼き魚定食」。病院食ってもっとまずいものと思っていたが、案外美味かったりする(笑)。
食事をして、売店にコーラやガム、あめ玉を買いに行ったりと「ウロウロ病」(徘徊ではない)が始まる。

あとは、ベッドに横になって本を読んだり、TV観たりしているうちに眠くなったので寝てしまった。

退院した今でも病院のタイムスケジュールが良く分かっていないのだが、およそ下記の感じであったと思う。
06:30~07:00 検温やら採血のある場合は採血
07:30~08:30 朝食
09:00~ 検温、便通報告、ドクター回診
12:15~13:00 昼食
13:30~17:00 ドクター回診(午前か、午後のいずれかに来る)
18:00~19:00 夕食
21:30 病室消灯(ベッドの電気スタンド、TVは観ていて良い)
24:00 完全消灯
風呂・シャワーは浴室が空いている時間はいつ入っても良い。

ところで、アクテムラ切れの自覚はあるのだが、リウマチによる痛みがさほどでもなく非常に助かった。